TODOリストじゃなくてやったことリストがいいらしい

『TODOリストはやれてないことばかり可視化されるけどやったことリストはやったことが可視化されるから自己効力感になる』という記事を見た。それはそうだなと思いつつ、うちのTODOリストは『いつかやることリスト』なのであんまりダメージ入らない。やらないといけないことは……そんなに多くもないのでリストにするほどでもないことが多いかも。

 

やったことリストは……メモはあるんだけど自己効力感につながってるかというとそうでもないので日記にやったことを書いて自分を褒めることで自己効力感を養ってみよう。ただ自分に足りてないのは自己効力感ではない気がする。こう、何でもやればできると思ってる、ただ気力が足りない、そんな感じ。

 

今日は会社用の記事を書いてOKをもらったので明日だして告知する。とりあえず8月くらいまでの連載だから今折り返し地点くらいかな。

 

あとキャリコン試験の論述、AI添削が受けてた講座の申し込み特典で使えるからとりあえずてきとーにやってみたら20点だった。合格点目標点は30点くらいなのでだいぶ足りないけど、でも伸ばせる部分はすごいありそうだったから少しずつやろうと思う。例題50問あるから50問もやったらさすがに35点くらいはとれるようになりたいな。40点狙えるのが1番嬉しいんだけど。がんばろ。おやすみ。

WAIS-Ⅳの結果がきた

先週日曜に受けたWAIS-Ⅳの結果がきた。1週間ほどって書いてあったけどぴったり1週間だった。結果は言語理解130、知覚推理97という見事な差だった。自分では言語理解が人より高い自覚がないので驚いたが、普段見てるYouTubeが時事ネタ解説ばっかなので『普通』の基準が高くなってるのかもしれない。というか私で130なら時事ネタ解説してるYouTuberたちは言語理解が150くらいになりそうだが、あれはMAXの数字はいくつなんだろう。

知覚推理は97で地図読めない空間把握できないのでそうだろな~と思ってた。室内の絵描くのがすごく上手な絵師が130と言ってたのでなるほど人間には得意と苦手があるな!と思えた。おそらく文章を添えるようなものの方が自分としても得意な領域で生きていけると思うのでそっちでがんばっていこうと思った。ちなみに音楽も非常に苦手なのだが、音楽は知覚推理に近いような気がする。

 

あと情報処理が118(ちょっと高め)でワーキングメモリーが103(普通)15くらいから有意差といわれるので、逐次処理は得意だが情報量が多いとパニックになるのはこのへんが影響している可能性がありそう。

 

とはいえ全部平均か平均より上である。100が平均なので知覚推理だけ平均以下だが、正直知覚推理が低いせいで困ってる印象はないし、97なら「平均的」な範囲にはいるそうだ。これが『平均より有意に高い』と『平均より有意に低い』が混ざると社会で生きる上でのハードルをすごく感じるそうなのだが、自分がギリ生きれてるのは一応全部平均か平均より上であるからなのだと思う。つまりがんばれば生きれるということなので……まあ上手く生きてこうと思う。おやすみなさい。

10年前のメモがでてきた

メモに日付がついている時がある

今日でてきたのは2015年とか、2018年とか、ほぼ10年前である。2018年といえば新卒で就職した時で、まだこの頃は創作をしていたようだ。創作をやめていた何年間かを無駄だとは思っていないけど(その時代があるから今の収入がある)、それでも時々『あの頃からずっと続けていればなあ!』と思う時がある。でも10年後の10年前は今なんだと思うと、今から続けていこう、と思う。過去を悔やんでも何か手に入るでもなし。

でもまあなんというか、絵はあんまり成長してないなと思う。まあ10年間ほとんどかいてこなかったのだから、それはそう。そして創作の内容はだいぶ変わったなと思う。昔はこう……剣と魔法のファンタジーだった。そこからポストアポカリプスになり、現在、最終的に、単純に、現代モノにしようと思っている。昔は多分かきたいものにファンタジーが必要だったのだけど、今はかきたいものに現代が必要になった。なんていうかふわふわした現実逃避からやっと現実を見ることができたのかなあ、なんて気もする。どうかな。

 

明日はちょっと遠くに行ってきます。先週に続き今週もあんまり上手く仕事できない1週間だったな。やってけるのかな。多分なんかみんなこんなもんなんだろうと思うけど、でもなんか上手くできないとこのまま続けててもいいのかな、と不安になる。私が改善できることが少なくて苦しい。

自己紹介が苦手

昨日自己紹介をしないといけないシーンがあって、何も用意してなかったのでその場で適当なことを言ったのだけど、やっぱり人前で話すのは苦手だなあと思う。上手いことを言える必要はないし、言う必要もないし、別に誰もそんなこと期待していないんだろうけど、でもやるなら上手くやりたいし、でも上手くできないし、難しい。話すのが上手な人になりたいなあとは思うし、なりたいのでPodcastとかもやろうと試してみたけれど、文章の方がずっと気楽で、Podcastは気が重いので、文章ばかり続いて、Podcastは続かなくなりがちだ。話す機会を増やせば、と思ったが、やっぱり『人と話す』のは好きでも、『人前で話す』のは好きではないのかも、と思う。場数を踏めば上手くなる日が来るのだろうか。それよりもとりあえずいつでもひっぱりだせるような自己紹介用の1枚絵でもあった方がいいんじゃないか。そういう気がする。作っておこうかな、TPOにあわせて2種類くらい。あとで考えよう。

 

そういえば今日はキャリアコンサルタントの2級の試験の過去問もといてみたのだけど、2級の方がデータに基づく諸々が多くて難しかった。理論家の問題も国家資格よりも間違いがわかりづらいものになっていて、これが2級か~!となった。私は実務経験がないので2級を受けられるのは何年か先になるが、そのころには楽々この問題がとける人間でありたいなあと思う。

 

小説のネタを色々考えていたのだけどやっぱり『人はありたい姿になろうとすることができる』ということがかきたいなあと思ってる。人はありたい姿になろうとすることができる、ただそれは、いろんな事情で難しいという葛藤みたいな。そういうものをかきたい。おやすみ。

さみしい夜にはペンを持てという本を読んだ

さみしい夜にはペンを持てという本を読んだ。さみしい夜のページをめくれという比較的最近出た本があり、しかしそれは図書館にはなかった。さみしい夜にはペンを持て飲方があったので図書館で借りてみた。小学校高学年くらい向けかなあという感じの本で、ざっくりいうと『日記を書こう』という話。日記の書き方も書かれていて、過去に感じたことを書こう、という話だった。その効果は人によってそれぞれなのだろうけど、ある意味認知行動療法的にも通ずるものがあるというか、『その時自分が何を思ったか』を後から俯瞰することは、自分の思考を知ることだなあと思う。案外そういうことをやる機会はない。ので、この日記もそういう書き方にしてみようか、と思ったけれど、人に見える場所でそれをやる勇気はさすがにないなあ、と思う夜だった。

 

その本の中では日記にその時思ったことを書かなくてもいい、という話だったけれど、自分はその時思ったことを書く、を続けていくままでいいかなあと思う。いつか気が向いたらその日に起きたことを俯瞰したりするかもしれない。しないな。するとしてもローカルの日記だろうな。

 

ローカルの日記といえばサイトに日記機能をつけようとしてるのだが、多分日曜に作業をはじめて、それから何もしてない。今週の日曜はでかけるから、やるなら金曜か、そのあたりか。なんかここ数日仕事以外で起き上がれないことが多くてちょっとしんどい。今日ももう寝よう。